『社会人経験を経て、再びバレエの道へ』水島裕哉先生(バレエ安全指導者資格修了講師コラム)

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社会人経験を経て、再びバレエの道へ

私は専門学校を卒業後、山口県にある一般企業へ正社員として就職しました。
仕事内容は、小学生高学年までの子どもたちを対象に英会話の体験を紹介し、アポイントを獲得する営業職です。
最初の1年間は、仕事にも環境にも慣れるまで本当に大変でした。見ず知らずのご家庭を1日に100件ほど訪問し、その中から英会話体験に興味を持ってくださるご家庭を探す日々。ほとんどの方には門前払いされ、9割は断られる状況でした。それでも上司から教わった 「お客様は鏡。自分が笑顔で明るくいなければ、お客様も心を開いてくれない」という言葉を胸に、自分から笑顔を作る努力を続けました。

また、上司からは「相手の名前を呼んで意識を向けさせることが大切だ」とも教わりました。
名前を呼ぶことで相手の心が動き、コミュニケーションの距離が一気に縮まる。その大切さを、営業の現場で実感しました。 2年目にはイベント営業の担当となり、各地のスーパーや商業施設を回ってブースを設け、英会話体験を紹介するようになりました。
たくさんのお客様と接する中で、不思議と「お子さんがバレエを習っている」「お母さんがバレエをしている」という方に出会うことが増えました。
そのたびに自分もバレエをしていた話をすると、「まだ若いんだから、またバレエをやったらいいのに」と声をかけていただくことが多くありました。
当時の私は営業の仕事にやりがいを感じつつも、どこか心の奥で“何か違う”という思いを抱えていました。
理想と現実のギャップに悩み、自分の中で迷いと葛藤がありました。

そんなある日、ふと自分の生活を振り返って気づきました。
バレエから離れたつもりでいたのに、いつの間にか毎日のようにバレエの動画を見ている自分の存在に。

その瞬間、私は改めて「やっぱりバレエが好きなんだ」と強く感じました。
そこから、今度は自分が学んできたことを伝える立場、“指導”に興味を持つようになりました。
とはいえ、ツテも何もなく、最初は東京で指導者の試験を受けようと考えていました。
そんなとき、いつも通っていたカフェのオーナーさんが、広島のバレエスタジオの先生に私を紹介してくださり、ご縁がつながりました。
その先生から「ぜひ指導をお願いできないか」と声をかけていただいたのです。
この出会いをきっかけに正社員を退職し、指導者としての新たな一歩を踏み出しました。

その後はありがたいことに多くの先生方との出会いにも恵まれ、現在ではたくさんのお仕事をいただけるようになりました。
営業時代に学んだ「自分から笑顔でいること」「相手の名前を呼んで意識を向けてもらうこと」は、今の指導にも活きています。
レッスンの中で生徒一人ひとりの名前を呼ぶと、子どもたちの表情がパッと明るくなり、集中力も変わります。
そして、私自身が笑顔で向き合うことで、生徒も自然と安心して笑顔を見せてくれるようになりました。

当時は営業として教わった小さな心がけでしたが、今では“人と人が向き合う”上で最も大切なことだと感じています。
バレエから離れていた時間があったからこそ、改めて自分にとって本当に大切なものに気づくことができました。
「気づき」は、誰かに与えられるものではなく、自分自身の中から生まれるものだと今は強く感じています。
これからも、生徒一人ひとりの中にある“気づき”を大切にしながら指導していきたいと思います。

水島裕哉

バレエジャポン編集部からの質問

社会人としての最初の生活の中で、それまでのバレエの世界と「違うな」と感じた出来事や生活習慣には、どんなものがありましたか?

営業職だったため、過程よりも結果が重視されていました。日々数字に追われ、常にプレッシャーを感じながら働いていたのを覚えています。 生活習慣も大きく変わり、食事の時間や内容にも気を遣わなくなり、外食が増えるなど、バレエをしていた頃に大切にしていた習慣をすっかり手放してしまっていました。

その中で、特に慣れるのに苦労したことは何でしたか?

一番苦労したのは、自分の営業成績と向き合うことでした。数字が思うように伸びない時期は、まるでどん底に突き落とされたような気持ちになり、それが続くと気持ちを立て直すのにも時間がかかりました。

一日に100件もの訪問営業をされていたとのことですが、その中で特に印象に残っているお客様とのやり取りはありますか?

島根に営業に行っていたとき、ある母子家庭のお客様のもとを訪ねた際に、「お兄さんが頑張っていたから体験を受けようと思いました」と言っていただいたことがありました。 入社して3ヶ月ほどの頃で、右も左も分からないままがむしゃらに働いていた時期でしたが、そんな私の姿を見て応援してくださる方がいると知り、とても励みになった出来事でした。

「やりがいを感じつつも、何か違う」と思ったとき、その“何か”を言葉にするとどんな感覚や思いだったでしょうか?

営業の仕事では、自分の本当の気持ちを素直に出せず、どこか“演じている自分”がいました。 本来の私は、心からの言葉で相手と向き合いたいタイプなのですが、仕事上それを抑えなければならない場面が多く、自分の気持ちに嘘をついているようで納得できなかったのだと思います。

正社員を辞める決断をされたとき、不安と希望のどちらが大きかったですか?

正直、希望のほうが大きかったです。 その頃には「好きなことをして生きたい」という気持ちが強く、不安よりも前向きなワクワク感の方が勝っていました。

「やっぱりバレエが好き」と思い、ダンサーではなく“指導”の道を選ばれたのは、どんなきっかけや心の変化があったのでしょうか?

ダンサーとして復帰することも一度は考えましたが、ブランクがあったこと、そしてプロとして再び舞台に立つ厳しさを感じたことが大きかったです。 また、他の上手なダンサーを目にすることで自分に劣等感を抱くのではないかという不安もありました。 そんな中で、「自分がこれまで学んできたことを伝える側になりたい」と思うようになり、指導の道へ進む決意をしました。

バレエの世界に戻ってきたとき、最初のレッスンや稽古場での“初日の感覚”を覚えていらしたら教えてください。

久しぶりのレッスンでは、足が何度も攣りました(笑)。 ジャンプの引き上げも思うようにいかず、以前とのギャップにショックを受けました。 それでも、「もう一度ここから始めよう」という気持ちが強く芽生えた日でした。

幼い頃からバレエをされている方が、一度離れてから再びバレエの世界に戻られるケースは多いと思いますが、ご自身はその理由をどのように感じていますか?

個人的には、本人が続けたくても家庭の方針や環境によってやむを得ず離れてしまう方が多いと感じています。 親としては将来を考えて大学進学などを優先させるのも当然のことですが、大人になって自分で選択できるようになったとき、改めて「やっぱりバレエが好き」と戻ってこられる方が多いのだと思います。 つまり、“自分で選ぶ自由”が持てたときに、再びバレエを選ぶ方が多いのではないかと感じます。

バレエから離れていた期間が、結果的にどんな“学び”や“視点”を与えてくれたと思いますか?

結果的に、「自分が本気で熱を持てること」を見つめ直すきっかけになりました。 離れたからこそ、改めて自分にとってバレエがどれだけ大切な存在だったのかを実感できたと思います。

進路やキャリアに悩む方々へ、バレエを離れることや違う世界に踏み出すことへの不安を感じている方に、どんな言葉をかけたいですか?

何事も恐れずに、新しい世界に一歩踏み出してみてほしいです。 そこにはきっと、これまで出会わなかった価値観や人とのつながりがあり、自分を見つめ直すチャンスがたくさんあります。 その中で新しい気づきや感情が生まれることもありますし、もし「やっぱりバレエが好き」と思えば、バレエはいつでもあなたを受け入れてくれます。 人生は一度きり。だからこそ、最終的には“自分が心から楽しいと思えること”を選んでほしいです。 その選択こそが、きっと人生をより豊かにしてくれると思います。

編集部より

水島さんのお話を拝読し、社会人としての経験を経て再びバレエの世界に戻られたその歩みに、深い共感と敬意を覚えました。

営業という全く異なる環境の中で培われた「人と向き合う力」「自ら笑顔をつくる努力」「相手の名前を呼ぶことで生まれる信頼関係」——それらは、バレエ指導という仕事にも直結する大切な要素だと改めて感じます。

バレエの指導は、技術だけではなく「人を見つめる」仕事です。
生徒一人ひとりの表情や呼吸、そして心の動きを感じ取り、どう寄り添うかを考える日々。
水島さんが営業の現場で学ばれた“コミュニケーションの本質”は、まさにその根幹にあるものだと思います。
レッスン中に名前を呼ぶことで子どもたちの表情が変わるというお話は、単なるテクニックではなく「相手を大切に想う姿勢」そのものを映しています。

また、社会に出て“数字”や“結果”を求められる日々を経たからこそ、
「人としての実感」「心からの言葉」「自分の熱量」といった目に見えない価値に改めて気づかれたのではないでしょうか。
バレエから離れていた時間が、単なるブランクではなく“気づきを育てる時間”となっていたことが印象的でした。

SDAでも大切にしているのは、「知識の習得」だけでなく、「自分の経験をどう再解釈し、誰かの学びに変えていけるか」ということです。
水島さんのように異なる世界での経験を経て戻ってこられる方の存在は、これからのバレエ教育を豊かにする大きな力になると感じています。

「気づきは与えられるものではなく、自分の中から生まれるもの」
その言葉にあるように、水島さんの歩み自体が、生徒たちに“自ら気づく力”を伝えていく指導の原点なのだと思います。
これからも、社会とバレエの両方を知る指導者として、多くの方の心に寄り添う活動を続けていかれることを、心から応援しています。

ローザンヌ国際バレエコンクールへのご参加、海外でのプロ経験、そして日本でもバレエ団に入られた後に、さらに専門学校でも学ばれ、ご就職されるというこのご経験は、バレエ一筋で時間を過ごされた方、これから進路に悩まれる方にも、貴重なご体験談だと思います。

バレエに限らず、芸術の世界に生きる方々は、今いる世界への不安、見えない将来への不安、そして新しい世界に飛び込む不安など、たくさんの不安を抱えて生きていると思いますが、今回の水島さんの記事が、チャレンジのきっかけになればと願っております。

次回のコラムも楽しみにしています!

水島裕哉先生プロフィール

2000年より松本ナツコモダンバレエ研究所にてバレエを始める。
2003年 インターナショナルバレエアカデミーに移籍。
2014年 ローザンヌ国際バレエコンクール 本選出場
2014年〜2017年
カナダロイヤルウィニペグバレエ学校
入学&卒業
2017年〜2019年
アメリカサラソタバレエ団 入団
2019年〜2020年
スターダンサーズバレエ団 入団
2024年〜現在 広島を拠点に多数のバレエ教室にて指導、フリーで活動中

実績
2004年〜2014年
R.A.D Graded Examination Primary, Grade 1 – Grade 8 最高成績のDistinctionで合格
2010年〜2013年
R.A.D Vocational Examination Intermediate, Advanced Foundation, Advanced 1&2 最高成績のDistinctionで合格
2012年
All Nippon D.A.T.E Classic Ballet Competition in Miyagi
ジュニアA1部門 第5位
2014年 ローザンヌ国際バレエコンクール 本選出場
カナダロイヤルウィニペグバレエ学校サマースクール フルスカラシップ受賞
バレエ安全指導者資格ベーシックコース修了。

Instagram:https://www.instagram.com/yuya.mizushima8/

水島先生へのご質問、ご感想等はこちらよりどうぞ!
contact@ballet-japon.com

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