井上バレエ団 『ラ・シルフィード』2024年7月【大海遊楽の恋するバレエ】

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観劇レポート

『ラ・シルフィード』の歴史はとても素敵ですよね。初演は今から192年前のパリ・オペラ座にて、振付はマリー・タリオーニの父親のフィリッポ・タリオーニが手がけました。

バレエ史に詳しくない方でも、「マリー・タリオーニ」という名前は聞いたことのある方が多いのではないかと思います。この作品によって今日のバレエに欠かすことのできないチュチュとトゥシューズが生み出され、マリー・タリオーニはロマンティックバレエ幕開けのバレリーナとなりました。

そんな『ラ・シルフィード』の舞台はスコットランドの農村。物語は、結婚前夜にジェームズのもとにシルフィードが現れ、ジェームズが恋に落ちるところから始まります。婚約者エフィとの結婚式の準備が進む中、再びシルフィードが現れ、彼女を追ってジェームズは森の中へと向かいます。触れようとすると消えてしまうシルフィードを手元に留めておきたいジェームズは、魔女マッジから「身体に巻きつければ羽が落ちて飛べなくなる魔法のショール」をもらい、それをシルフィードに巻きつけますが、結果として彼女を殺してしまいます。

ロマン主義的な要素がぎゅっと詰まった『ラ・シルフィード』、ロマンティックバレエの本当の意味は決して“ロマンティックなもの”という意味ではなく、実は“ロマン主義的なバレエ”という意味です。身分違いの恋、異国、この世のものではない存在の妖精や精霊など、人間の感性や想像力を重視する作品が生まれます。誰もが知っている名作『ジゼル』や『コッペリア』も実はこのロマン主義がベースとなり作品が生まれたのです。

『コッペリア』を最後にフランスでバレエが衰退に向かう中、タリーオーニの相手役でも活躍し、フィリッポ・タリオーニ振付の『ラ・シルフィード』を観たオーギュスト・ブルノンヴィルが自国であるデンマークにて上演を希望します。

コペンハーゲンにあるデンマーク王立バレエ団にて上演を希望するも、音楽の使用料金が高額で払うことができず、新たにノルウェーの作曲家レーヴェンショルドの音楽にブルンノンヴィルが新たに振付・演出を施し、その結果、デンマーク王立バレエ団で継承されています。

ブルンノンヴィルが新たに音楽を作ってまで、自国で『ラ・シルフィード』を上演する強い動機がどこからきたのか今の私の知識では分かりませんが、彼の熱いバレエへの想いが今もこの世界で受け継がれていると思うと温かな気持ちになります。

そんな歴史あるこの作品を上演した井上バレエ団の7月公演を拝見させて頂きましたが、とても素晴らしい公演でした。会場全体の温かみ、歴史への愛、作品を継承していくということはこういうことなんだと感じさせてもらいました。

今回、デンマーク王立バレエ団の元芸術監督の方などが指導に入られたということで、開演前にトークショーがございました。

作品の成り立ちや、ブルンノンヴィルのお話、マイム一つ一つの丁寧な説明など、鑑賞前に詳しくお話を伺ったおかげで、いつもよりも物語に入りこみやすかったように思います。幸運にも、私の座席は来日されご指導に入られたお二人のすぐ後ろで、お二人が音楽に合わせてダンサーと一緒に揺れている姿を拝見し、心が和みました。

バレエは芸術と言われていますし、私も芸術であり続けてほしいと日々願っています。バレエが芸術であるためには何が必要だと皆様は思いますか?私はパの一つ一つ、マイムの一つ一つ、音楽の旋律、それぞれに想いを馳せ紡いでいくこと、バレエとバレエに関わる全ての歴史、全ての今を愛すことのできた時、バレエは芸術となると思います。

各バレエ団でもこのような想いは共有されていると思いますが、日本でバレエダンサーを育てていく教師が、こうしたバレエへの博愛を生徒に伝えられることのできる人が増えてくれると、バレエが身体訓練としてだけでなく、より感性的に、より感覚的に、子供達が成長できるものになると思います。昨今、子供が全員アーティストである時代はもう終わったとよくお聞きしますが、バレエダンサーを目指す子にも、そうでない子にも、バレエという存在が子供達の成長によりよいものとして発展していってくれると私は嬉しいです。

夏休みということもあり、お子さんが沢山いらしていました。バレエを観てうずうずして無邪気にロビーで踊りだしてしまう沢山の子供達がこれからもバレエを好きでいてくれることを願っております。

愛溢れた公演でした。

文:大海遊楽

参考文献
海野敏(2023)『バレエの世界史』、中央公論新社
芳賀直子(2014)『ビジュアル版 バレエ・ヒストリー バレエ誕生からバレエ・リュスまで』、世界文化社

【大海 遊楽 プロフィール】

6歳よりバレエを始める。
2016年14歳 Hearts&MindsBalletConcursにて、ロシア国立ボリショイバレエ学校サマースカラシップを受賞。サマースクールにて年間留学オーディションに合格し、翌年より同校に留学。
バレエ安全指導者資格ベーシックコース修了。
バレエ安全指導者資格認定バレエ姿勢ベーシックインストラクター。
バレエジャポン専属アートライター


井上バレエ団2024年7月20日、21日 公演概要

主な配役

ラ・シルフィード20日(土)21日(日)
シルフィード阿部  碧根岸 莉那
ジェイムス浅田 良和荒井 成也
マッジマシモ・アクリ
グエン檜山 和久川合 十夢
エフィー野澤 夏奈西沢 真衣
ファースト・シルフ松井  菫樽屋  萌
グラン・パ・マジャル20日(土)21日(日)
プリンシパル根岸 莉那、田辺  淳阿部  碧檜山 和久
ソリスト中堀菜穂子、藤井ゆりえ松井  菫、樽屋  萌
川合 十夢、加藤 大和

制作スタッフ

振付(ラ・シルフィード) オーギュスト・ブルノンヴィル、(グラン・パ・マジャル) 石井 竜一
再振付・指導(ラ・シルフィード) フランク・アンダーソン、エヴァ・クロボーグ
バレエマスター石井 竜一
バレエミストレス鈴木 麻子、宮嵜万央里
子役指導藤井 直子
音楽監督・指揮冨田 実里
演奏ロイヤルチェンバーオーケストラ
美術(グラン・パ・マジャル) 大沢 佐智子
照明立川 直也(満平舎)
舞台監督相馬 勝己
音響貫井 政仁
衣装製作柊舎、ゴードン・ハッチングス
セット協力(ラ・シルフィード) 牧阿佐美バレエ団
大道具俳優座劇場 舞台美術部
公演監督岡本 佳津子
制作公益財団法人 井上バレエ団
諸角 佳津美(統括)、石沢 恵美、宮路 昌美
主催公益財団法人 井上バレエ団
助成The A.P.Moller and Chastine Mc-Kinny Moller Foundation
協賛アタカコーポレーション株式会社
後援文京シビックホール(公益財団法人)文京アカデミー、(一社)日本バレエ団連盟、在日デンマーク王国大使館、日本デンマーク協会

井上バレエ団様ホームページより転載
https://inoueballet.net/p/1807/

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