ネザーランドダンスシアター来日公演2024年6月-7月【大海遊楽の恋するバレエ】

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観劇レポート

コンテンポラリーダンスをしっかりと鑑賞したのは今回が初めてかもしれません。ガラ公演などでコンテンポラリー作品を見る機会は今までもありましたが、作品の全てを身体に受け入れるほどに鑑賞したのは初めてです。

今回の日本ツアーでは、高崎、横浜、愛知の三つの都市を回っての公演でしたが、それぞれに見られる作品が違った為、私は高崎公演と横浜公演にそれぞれ一回ずつ足を運びました。

NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)はオランダのハーグに拠点を置く、コンテンポラリーダンスのカンパニーです。毎年世界各国でも沢山の作品を上演しています。NDTはNDT1と若手ダンサーの為のNDT2の二つの組織があり、今回はNDT1の来日でした。

毎年新作を次々と発表するNDTが今回日本に持ってきた作品は、クリスタル・パイトの『Solo Echo』、ウィリアム・フォーサイスの『One Flat Thing,reproduced』、マルコ・ゲッケの『I love you,ghosts』,ガブリエラ・カリーソンの『La Ruta』,シャロン・エイアール&ガイ・べハールによる『Jakie』の全部で五つ。錚々たる振付家たちの作品を直に触れさせて頂く機会が本当にありがたかったです。

全五つの作品を見て素直な感想としては、どの作品を見る時も頭がパンクしました。何だか久しぶりに、しっかりとアートと対話をした二日間でした。

アートってなんなんだろう?人間ってなんだっけ?ダンスって?舞台ってなに?身体ってなに?とまあ、なかなかな難問がずっと頭の中を駆け巡っていました。素直にお話しますと、初日の高崎公演を迎えてから、頭痛が治りません。完全に私の脳の容量を遥かに超える情報量を舞台から受け取ってしまいました。

このような事から、遠回りではありますが、今回のNDTの公演がいかに凄まじかったのかが伝わっていてくれたら幸いです。

今回も前置きが長くなってしまいましたが、ここからは作品ひとつずつに触れさせて頂きます。

●『Solo Echo』 クリスタル・パイト 
この作品は美しいにつきます。ブラームスの曲から織り出される、洗練された身体の流れ、人生の流れ…
雪が降りつつもる中、重なっては離れるもの同士。7人のダンサーによって紡がれたこの作品は、私はひとりひとりが心の役割を視覚化したような印象を受けました。独立しあい、絡まり縛りあう。そして寄り添いながら死んでいく。
繋ぎ目がないような振付、ダンサーの身体性が非常に素晴らしく、ため息が出る作品でした。その一方で、静かに心にダメージが寄りかかってくる、鬱々しくて、綺麗な物語でした。

https://www.youtube.com/watch?v=fp4Uf9fkWkI&t=2s

●『One Flat Thing,reproduced』 ウィリアム・フォーサイス
幕が上がると共に、大きな地響きと共に客席に向かって20個のテーブルが走ってくるこの作品。フォーサイスによる、知的で規則的な世界観の中繰り広げられる人間の営み。ノイズ音とも言える様な音楽がなぜか心地よく、嵐のように始まり、地ならしが終わり穏やかさが訪れ、また嵐のように終わっていく…そんな印象を受けた作品でした。
きっとあまり深く考え込むような作品ではなかったのかもしれませんが、私は終始、”あれ、人間って何だっけ?”と考える15分間でした。
あの時舞台上にいたダンサーたちは私達と同じ生物なのでしょうか。同じ生物ではないと思います。
違う時空の人間に見えます。進化の途中で何かがひとつ違っていただけの同じ人間。ひとつだけ。そのひとつな気がします。

●『I love you,ghosts』 マルコ・ゲッケ
振付という、言葉ではない情報共有の極地。ダンサーは言葉よりもより多くのものを毎秒身体から発してきます。それが流れ込んで来たら最後、立てなくなります。
子守唄の様に生温かく、氷の様に冷たい嘆きが入り混じる。
私にとってこの作品は、最も難解でありながら、同時に大好きな湿度を感じられた作品でした。もう一度しっかりと見たい作品です。初見では免疫がなくてスムーズに身体に入ってきてくれなかったけれど、時間差でこの上ない愛おしさを感じています。

●『La Ruta』 ガブリエラ・カリーソン
『La Ruta』、スペイン語で『道』。
道、道路って怖いですよね。私はあまり良くは思えない存在です。
車の忙しないヘッドライトの灯り、大きな音のクラクション、廃棄ガス、クラクション、クラクションにクラクション…
道はどこまでも繋がっている。その事実が時に恐ろしくなります。
ひとつの道路のそばで起きる数々の非人道的な出来事。『ロッキー・ホラー・ショー』を見ている時の様な謎の充実感と喜び。限りなくディストピアではあるけどこの世界にいてみたいと思わせてくる薄暗さ。鬱っぽくて心底居心地が良い。そう思ってしまう自分の心が一番怖い。
この作品を見て私が一行目にノートに書いた素直な感想は、「私もこの世界に行って車に轢かれてみたい。」
この恐ろしい作品でも、悪夢でもなく、ただただ自分が一番恐ろしいです。

●『Jakie』 シャロン・エイアール&ガイ・べハール
オペラグラスのピントが合わないような、ぼんやりとしてむず痒い幕開け。目を凝らさないと人だと認識できないほどの灯り。
裸よりも裸に見えるほどのヌーディーな衣装。謎の生物感が愛おしく、狂気的で感覚的でタツノオトシゴのようでした。
そして新しい未知な快感を手にするこの作品。不思議なことに見ているとリラックスできます。見ていて視覚的に気持ちよく、脳がはじけます。
この作品を見ている時は不思議な感覚を沢山感じました。まず、舞台上にあるものだけが『Jakie』なのではなく、会場の空気すら『Jakie』だと感じるのです。酸素も二酸化炭素も窒素も、全てがアートであり、『Jakie』でした。
この作品を見た後、しばらく放心状態で座席から立ち上がれませんでした。感動で立てないではなく、ただただ立てませんでした。私にとって本当に新しい感覚の連続でした。人間がフリーズしなければならない程の情報量を流し込んでくる作品です。(無領空処を浴びるってこんな感じなんだなと思いました。何もかも見えるし、何もかも感じます。『呪術廻戦』ネタです。伝わらなかったらごめんなさい。)
色々書きましたが、『Jakie』は『Jakie』です。それ以上でも以下でもありません。この作品を二度も体験できたことを光栄に感じています。

高崎公演の開演前に、芸術監督のエミリー・モルナーさんと、公演統括プロデューサーの唐津絵理さんのプレトークがございました。そのトークの中で、エミリーさんが「時代に残そうと思って作品を作っていない。NDTは常に革新性を追求している。コンテンポラリーダンスは最新を更新していくダンス。型はない。」(意訳)と仰っていました。そして開演前の客席に向かって、「私たちは様々な考えや主張があって作品を生み出していますが、鑑賞する際は何を感じても自由。感じ方は人それぞれで良い。そして、ぜひ私達に感想を教えて欲しい」(意訳)そんなことも仰っていました。

コンテンポラリーダンスの良いところは、解釈、感じ方が自由すぎるところだと思います。もちろん芸術は何を感じても自由です。それでもコンテンポラリーダンスは自由の幅が広すぎます。

「自由」というものは、恐ろしいものだとたまに思います。何を感じても、何を選択しても、何に行動を起こしても良いという意味だと思っています。その「自由」がたまに黒く冷たい海の中で溺れているような感覚になる時があります。そんな時は縛って欲しいとまで思います。「自由」というものは、全ての責任を自分で取るということです。だから、自由であるのにも関わらず、海の中で溺れることを選択するのも、一つの自由です。

バレエには縛りがあります。ストーリー、時代、歴史、服飾、型、などなど。バレエは過去のものなので、どうしたってその時代の知識ありきで感じ方が決まることが多いです。

ですがコンテンポラリーダンスにはその「縛り」はありません。だから初心者の方は、何を感じるのが正解なのか分からないと思いがちでしょう。しかし、このコンテンポラリーダンスに関しての鑑賞の正解はとても分かりやすいと感じました。

何を感じても良いのです。あなたが正解です。

今回観劇していて、初めての感覚でしたが、観客が思考し自分の答えに辿り着いた時初めて、作品の全てのパーツが揃うのだと感じました。バレエを見ていてこの感覚になったことはありません。本当に正直にお話すると、全ての作品を鑑賞後、軽く体調を崩しました。二週間ほど頭痛が止まらなかったし、久しぶりに軽く自分を傷つけました。この世界の最新が一気に脳に流れ込んでくるのです。全ては未知のものです。当たり前ですが免疫はありません。脳が焼き切れました。だから作品を見ていて、喜びと同時に怖さもありました。自分はどうなってしまうのだろうと。

「自由」だから。作品を見て海に落ちていくことも自由だから。

人間って、考えることを止められない生き物なのでしょう。考え続けると死にたどりついてしまうことがたまにあります。私だけですか?

今回の私の鑑賞の着地点は、海に落ちることでした。はい。何を言っているのでしょう。でも今のところ、これが私の見つけた答えらしいです。そんなこんなで訳の分からないことを書いてしまいましたが、今回改めて、アート思考の重要性を感じました。

パブロ・ピカソの言葉に、「すべての子供はアーティストである。問題なのは、どうすれば大人になったときにもアーティストのままでいられるかだ」という言葉があります。美術館にいると、絵よりも隣の説明文を熱心に見ている方々が多く見受けられます。それが悪いわけでは決してありません。作品の説明を聞いて鑑賞するというのも一つの鑑賞方法です。ですがたまには、一番に自分の素直な見方と感想を抱きしめてあげてください。

あなたの存在は正解です。
一番に自分と作品を繋げてあげてください。

私は子供の頃、誰になんと言われようともホラーマンが好きでした。ちゃんとなぜホラーマンが好きだったのか今もなんとなく答えられます。そんな子供心を大切に生きていたいですね。一つの作品から自分なりの答えを見つけ出すこと。見つけられなくても考え続けること。自分なりの見方で世界を見ること。それは決して芸術を見る時だけでなく、生きていく上で非常に大切な考え方だと思います。

ぜひぜひ皆さん、コンテンポラリーダンスの公演にも怖がらず飛び込んでみてください!
怖がらず、とか言っておいて、私は今回海に落ちた人間ですが…でも自分について、人間について、世界について新しい発見ばかりで楽しかったです!(落ちていく自分を観察するのも楽しかったりしました。)

バレエが過去のものを写すものなのだとしたら、コンテンポラリーダンスはこの世の最新。バレエに近く、そして対極にこの世に存在する舞踊です。反対を学ぶのもとても楽しいものでした。改めて、この公演を作りあげてくださった全ての方々に感謝申し上げます。

文:大海遊楽

【大海 遊楽 プロフィール】

6歳よりバレエを始める。
2016年14歳 Hearts&MindsBalletConcursにて、ロシア国立ボリショイバレエ学校サマースカラシップを受賞。サマースクールにて年間留学オーディションに合格し、翌年より同校に留学。
バレエ安全指導者資格ベーシックコース修了。
バレエ安全指導者資格認定バレエ姿勢ベーシックインストラクター。
バレエジャポン専属アートライター


NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)プレミアム・ジャパン・ツアー2024 公演概要

NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)プレミアム・ジャパン・ツアー2024
期間
2024年
6月30日(日)16時 高崎芸術劇場 大劇場 (群馬県高崎市)
7月05日(金)19時・06日(土)14時 神奈川県民ホール 大ホール (神奈川県横浜市)
7月12日(金)19時・13日(土)14時 愛知県芸術劇場 大ホール (愛知県名古屋市)
上演プログラム
・Jakie / ジャキー by Sharon Eyal & Gai Behar / シャロン・エイアール & ガイ・ベハール・One Flat Thing, reproduced / ワンフラットシング,リプロデューストby William Forsythe / ウィリアム・フォーサイス・Solo Echo / ソロ・エコー by Crystal Pite / クリスタル・パイト・La Ruta / ラ・ルータ by Gabriela Carrizo / ガブリエラ・カリーソ (Peeping Tom / ピーピング・トム)・I love you, ghosts / アイラブユー,ゴースト by Marco Goecke / マルコ・ゲッケ

https://ndt2024jp.dancebase.yokohama/

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