観劇レポート
「マシュー・ボーン」と言う名前を、バレエを知らなくてもどこかで耳にした事がある方が多いのではないでしょうか。そのくらい男性が白鳥を踊るマシュー・ボーンの『白鳥の湖』は衝撃的な作品でした。
マシュー・ボーンはイギリスで最も有名な振付師・演出家として知られています。過去にはローレンス・オリヴィエ賞やトニー賞なども受賞しています。
マシュー・ボーン作品の特徴は古典作品を新たな視点で斬新な形で作り替えること。例えば『白鳥の湖』の白鳥が全員男性だったり、『くるみ割り人形』の雪のシーンがスケートリンクに変わっていたり、『シンデレラ』の時代設定が第二次世界大戦中のイギリスになっていたり…古典作品を現代人でもより理解しやすいような舞台に毎回作り替えてくれるので、マシュー・ボーンの舞台は言葉のない舞台なはずなのに、まるでミュージカルを観ているかのように一人一人の感情がひしひしと伝わってきます。
前回マシュー・ボーン率いるニュー・アドベンチャーズが来日したのは2019年、『白鳥の湖』での来日でした。意外かもしれませんが、今回のマシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』は新作です。不動の名作とも言えるシェイクスピア戯曲『ロミオとジュリエット』は現代版を含め何度も再解釈がなされ沢山の作品が世に出てきました。
皆様も一度くらいはこの『ロミオとジュリエット』という作品に、何らかの作品を通して触れた事があるのではないでしょうか。例えば1996年のレオナルド・ディカプリオ、クレア・デインズ主演の映画『ロミオ+ジュリエット』や、2021年に再映画化された『ウエスト・サイド・ストーリー』、他にもミュージカルにオペラ、演劇、そしてバレエと、『ロミオとジュリエット』という作品は映画・舞台芸術史と深く関わりのある作品だと思います。
バレエに関して言えばセルゲイ・プロコフィエフの名曲にのせ沢山の振付家によって多様なバージョンの『ロミオとジュリエット』が今も世界で上演されています。
「ああロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」と言うジュリエットの台詞はとても有名ですよね。
シェイクスピア戯曲の『ロミオとジュリエット』の時代設定は14世紀。舞台はイタリアのヴェローナです。
それが今回のマシュー・ボーン版の『ロミオ+ジュリエット』では、時代は”近未来”に置き換えられ、物語の舞台は反抗的な若者を矯正する教育施設「ヴェローナ・インスティテュート」となっています。
目に映るもの全てが無機質な舞台装置や衣装。全て白で揃えられた舞台にこの施設の異質さを感じます。
こちらでは軽くあらすじを紹介させて頂きます。ただこの作品は初見はネタバレなしで見て頂きたい舞台なので詳しいあらすじは控えさせて頂きます。
今からそう遠くない”近未来”、反抗的な若者を矯正する教育施設「ヴェローナ・インスティテュート」、そこにはジュリエットと同じく何者かによってこの施設に追いやられた若者達が強い監視下のなか暮らしています。ジュリエットは看守であるティボルトに執着され性暴力を受けているような演出がなされています。男女別に分けられた部屋、男女別の日々の日課…男は男らしく、女は女らしくと、近未来のはずなのにまるでその設定を忘れるほどの古臭さを感じる世界観です。そんなところへお金でなんでも解決してしまえる政治家の息子ロミオが施設にやってきます。そして、施設が主催するダンスパーティーにて2人は瞬く間に恋に堕ちます。仲間達の助けもあり監視の目を掻い潜りながら愛し合いますが、それも束の間アルコール中毒だと思われるティボルトの行動によって悲劇へと繋がっていくのです…
シェイクスピアの物語と大分かけ離れているように感じますが、物語の本質は同じなのです。この物語はロミオとジュリエットの恋の行方を追いがちですが、物語の裏にある本質は”大人達の作った世界で翻弄される若者達”なのだと思います。
私はこの世にある全ての『ロミオとジュリエット』を鑑賞したわけではありませんが、今まで観た多くの作品でこの本質が変わることは無かったと感じています。
シェイクスピア原作の本作の原型となる物語はギリシア神話まで遡ります。題名を『ピューラモスとティスベー』、プープリウス・オウィディウス・ナソー(帝政ローマ時代初期の詩人)の『変身物語』に収録されています。紀元前1770年〜1670年のバビロン(メソポタミア地方の古代都市)を舞台に、同じ家の壁一枚で仕切られた隣同士に住んでいる青年ピューラモスと少女ティスベー。厚い壁に空いた小さな隙間から毎日愛を確かめ合いますが、親同士の仲が悪く駆け落ちするのです。その後のすれ違いの悲劇もそのまま起こります。
なぜ急にギリシア神話の話をしだしたのかと言うと、この頃から大人の事情に振り回され子供達が不幸になると言うこの物語の筋は変わっていないのです。作品によっては”なぜ対立しているのか”と言う理由が明かされている作品もあるかもしれませんが、『ロミオとジュリエット』と言う作品において、モンタギュー家とキャピュレット家がなぜ対立しているのか明かされていない作品が多いと思います。現にシェイクスピアの物語では、明確に説明されていません。
今回のボーン版の『ロミオ+ジュリエット』に置き換えると、何故子供達がこの施設にやってきたのか、なぜ男女の接触を極端に制限しているのか、と言うところでしょうか。鑑賞者側にこのような情報が入らないことによって、より物語の結末の理不尽さが際立ちます。もしかしたら、とんでもなく取るに足らない理由かもしれないと言うことです。
”大人達の作った世界で翻弄される若者達”
ギリシア神話の時代から21世紀の現代までこの本質が受け継がれているのです。とても重いと思いませんか。
『ロミオとジュリエット』は悲恋の物語だけでなく、こう言った社会背景も深い作品です。これからの世界でもこの物語は受け継がれるでしょう。どんな世界になったとしても受け継がれるべきです。人類はこの作品から多くを学び、次のロミオとジュリエットが生まれないように努力していく必要があると私は思います。
最後は固くなりすぎてしまいましたが、とても美しい物語です。皆様もいろんな『ロミオとジュリエット』を鑑賞してみてください。その中の一つに、このマシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』が入っていてくれたら私は嬉しいです。
最後まで読んで頂きありがとうございます。ご覧になられたら是非、私と悲しみを共有して下さい。
文:大海遊楽
【大海 遊楽 プロフィール】
6歳よりバレエを始める。
2016年14歳 Hearts&MindsBalletConcursにて、ロシア国立ボリショイバレエ学校サマースカラシップを受賞。サマースクールにて年間留学オーディションに合格し、翌年より同校に留学。
バレエ安全指導者資格ベーシックコース修了。
バレエ安全指導者資格認定バレエ姿勢ベーシックインストラクター。
バレエジャポン専属アートライター
マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
期間
2024年4月10日(水)~21日(日)
会場
東急シアターオーブ
上演時間
ACT1:1幕&2幕 60分/休憩:20分/ACT2:3幕 35分(計:1時間55分)
https://horipro-stage.jp/stage/mbrj2024/