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インタビュー

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ベルリン国立バレエ 針山愛美さん

針山愛美さん

──その出会いがバレエ団の仕事にも結びつくということですね。

出会いを築いていくことに関して、私はすごくハングリーなところがありました。当時はインターネットで履歴書を送れる時代ではなかったので、雑誌の裏の索引みたいなところで情報を探して。

自分で仕事を進められないんだったら、バレエをやめようと思っていたので、本当に当たって砕けろ精神というか、100やって1当たったらいいかなという感じでトライしていました。

主流バレエ団の作品や周囲の環境を見るために、週末は夜行バスを使って、いろんなところに行きましたね。携帯電話もほとんどない時代だったので、アポが取れないからバレエ団の前で待って、「私はこういう者で、今来てるからぜひレッスンを見てほしい」と直接当たってみたり。

言ってみれば就職活動なんですけど、私は別に名前があったわけでもないので、その分自慢出来るぐらいの数をトライしたと思います。

──ベルリン国立バレエ団に行かれたのはどのような経緯なのでしょうか。

ベルリンにオーディションに行く前の1年はボストンバレエ団をやめて、三角骨の手術をする話があったのですが、手術をしてまで踊りたいかなと考えました。高熱が出て麻酔ができずに延期ということが続いたので、これはもうやるなということかと思いまして。

バレエはとりあえずここでいったんやめようと決めました。一生やめるかは分からなかったのですけど、ボストンをやめるときだけは、次にオーディションを受けないで日本に帰っていたんです。でも、その後2カ月したら足が痛くなくなって、普通に踊れるまでに治ったんです。すごく不思議なのですが。

その後は、昔から一緒に仕事をしていた方に連絡して、ロシアのツアーとかガラ公演に出演していました。そんなとき、ウラジーミル・マラーホフが当時ベルリンにあった三つのバレエ団を統一する際、世界的なオーディションをするということを知って、最後に悔いが残らないように受けておこうかと。そこで、彼に採っていただいたんです。

ベルリンのマラーホフ最終公演
ベルリンのマラーホフ最終公演、マラーホフと舞台で

Sir_Simon_Rattleベルリンフィルで初のバレエコラボ公演を実現した針山さん。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・芸術監督であるサイモン・ラトル氏と

ベルリンはロシアとアメリカの中で壁があって、それが崩れて新しい風が吹いていて。ロシアで5年、アメリカで5年ぐらい経験を積んでからベルリンに来て、ここはすごくおもしろいなと思いました。自分のやってきた道と今向かってる道がドイツで波に乗ったような感じ(笑)。

バレエ以外にもいろいろな出会いがあって、音楽家や彫刻家、絵画の人とコラボして作品を作ったりっていうことにも発展していきました。

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