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インタビュー

モーリス・ベジャール・バレエ団所属 那須野圭右さん

那須野圭右さん

――その後、ルードラ(ルードラ・ベジャール・ローザンヌ)に行こうと思った決めたきっかけは?

まず、プロになるために外国のバレエ学校に行きたいと思うようになりました。外国に出たかった理由は、朝からクラシックを踊って、音楽を学んで、モダンを踊って、という外国のバレエ学校のようなものが日本に無かったからなんです。僕は全部バレエで行きたかった。そうするには外国しかない。その環境でなければプロにはなれないだろうなと。

それで1997年、16歳でルードラに決めたんですが、そのときはまだインターネット等がなくて、自分で調べようとしたら雑誌や本でしか情報がない。どうやってオーディションすればいいのかも分からない状況です。

だから僕は(牧)阿佐美先生に「海外に留学をしたいんです、どこか紹介していただけるところはありますか」と相談させていただきました。そのときに、スイスのルードラと他のバレエスクールのことを教えていただいたんです。他のバレエスクールには生徒が50~60人くらいいるのに対して、ルードラは年間に20人くらいしか生徒をとらない。それなら60分の1より20分の1の方が先生に見てもらえるだろうと思って、ルードラに決めたんです。

――ルードラのレッスンで特徴的なこととは?

今はまた違うと思いますが、僕がいたころのルードラのプログラムだと、毎朝クラシックから始まって、その後はモダン(グラハムテクニック)の時間。あとはリズムの時間もありました。パーカッションなんかを使って、リズム感覚を身につけていくんです。あとは歌と剣道。そこまでが、言ってみれば日本の学校でいう国語算数社会理科のようなベーシックなところですね。それに加えて、インプロヴィゼーション(即興)の時間があります。その他は、例えばフラメンコだとか、アフリカンダンスだとか、サーカスだとか、2週間などの短期で特別講師が来てやるようなものもあります。あとは演劇の時間も。

――多岐にわたる内容ですね。

そうですね。それ以外でいうと、僕の学年ではすごく学校公演の回数が多かったんですよ。僕が1年生の時に、たぶん年間30~40公演は学校で踊りました。

僕は9月2日から始まって、9月27日が初の舞台でした。その舞台がイタリアのトリノで、シルヴィ・ギエムが『ボレロ』を踊って、ジル・ロマンが『アダージェット』踊って、バリシニコフが『ピアノバー』というベジャールさんの作品を踊って、学校生が『ギリシャの踊り』を踊る。こんなの良いんですかっていうくらいの経験でした。

公演数が多かったので、リハーサルの時間もすごく多かったですね。3分の1くらいはベジャールさんとのリハーサルで、あとの3分の2は学校長のミッシェル・ガスカールとのリハーサル。それを決めるのは全部ベジャールさんでした。

――日本にいたときに想像していたことが現実になり、そのまっただ中にいた心境はどんなものでしたか?

身体的に疲れたりしたことはなかったのですが、(精神的に)いっぱいいっぱいだったということはありますね。最初のほうは言葉についていけないとか、今までクラシックしか踊ったことがなかったこともあって、何でこんな動きしなきゃいけないの、と思うことも。モダンとかベジャールさんの作品の中に入ると、クラシックを崩した動きが入ってくるので、戸惑いはすごくありました。だからついていくのでいっぱいだったんです。

02
「Variations pour une porte et un soupir」

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