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インタビュー

モーリス・ベジャール・バレエ団所属 那須野圭右さん

「プロになりたい」と思った14歳

大阪生まれ。1997年から99年までモーリス・ベジャールのバレエ学校ルードラ・ベジャールに学ぶ。2000年9月、モーリス・ベジャール・バレエ団に入団。

日本でも絶大な人気を誇るモーリス・ベジャール・バレエ団で2000年から今まで活躍を続ける日本人ダンサー那須野圭右さんに、これまでのダンサー人生と、ダンサーとしてのこれからの歩みについてお伺いしました。

――まず、バレエとの出会いをお聞かせください。

昔から、昼寝もせずにずっと動き回っているような元気な子どもだったので、母親がどうにかして疲れさせようというということで、最初はスイミングを習っていたんです。プールだけでも疲れるはずだったんですが、それでも疲れなくて(笑)。

それで、社交ダンスをやっている叔母に相談したところ、バレエがいいんじゃないと勧められたんです。

ちょうどスイミングを習っていたのと同じ建物の中にバレエ教室があったので、5歳の頃にそこに入ることになりました。それが一番最初のきっかけですね。

――初のバレエ体験はいかがでしたか?

変な話ですけど、周りが15~20人みんな女の子で、男は僕1人だったので、両手以上の花じゃないですか。そういう意味で気分は良かったですね(笑)。当時はまだバレエが楽しいとかではなくて、女の子の中に1人男っていう優越感といいますか。

那須野圭右さん

――バレエには、いつごろからのめりこみ始めたんですか?

難しいですね。ちっちゃい頃って自分で何も決めないじゃないですか。親が決めたりとか。でも、14歳の時にプロになりたいと思ったことは、はっきりと覚えています。

小学校の高学年くらいから、大阪で通っていたスタジオでバレエ団の先生に月に1回くらい教えてもらっていたんです。そこの先生から、東京には日本ジュニアバレエとAMスチューデンツっていうのがあると。そこに行けば、同じような年頃の男の子が何人かいるよと言われて、それで最初にその日本ジュニアバレエのオーディションを受けたんです。その後月に1回くらい東京に行くようになり、その後AMスチューデンツにも入りました。同期は、大野大輔、服部有吉、遅沢佑介と僕の4人。そこで牧阿佐美バレエ団の「くるみ割り人形」で子役として出させてもらったり、色んなプロの舞台に出させていただく機会が増えたんです。

それまではスタジオでしかバレエをしたことがなくて舞台といえば発表会だったのが、子どもだけどバレエ団の中に加えてもらえたことはとても良い経験になりました。その小さい頃に、ウラジーミル・ワシリーエフと、(エカテリーナ・)マクシーモワさんが主演の『アニュータ』という作品に運良く子役で出させてもらったこともあったんですよ。本物のバレエ団がどういうものなのか早い時期から見る機会があったこともあって、14歳で「プロになりたい」と思うようになったんです。

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